Logo
หน้าแรก
บทเรียน
สมุดบันทึก
พจนานุกรม
JLPT ข้อสอบฝึกหัด
วิดีโอ
อัปเกรด
ข้อเสนอแนะ
Logo
หน้าแรก
บทเรียน
สมุดบันทึก
พจนานุกรม
JLPT ข้อสอบฝึกหัด
วิดีโอ
อัปเกรด
ข้อเสนอแนะ
Todaii Japanese
Switch language – current: th
Logo Japanese
[email protected]
(+84) 865 924 966
315 Truong Chinh, Ha Noi
www.todaiinews.com
DMCA.com Protection Status

เกี่ยวกับ Todaii Japanese

เรื่องราวแบรนด์คำถามที่พบบ่อยคู่มือผู้ใช้ข้อกำหนดและนโยบายข้อมูลการคืนเงิน

โซเชียลเนตเวิร์ค

Logo facebookLogo instagram

เวอร์ชันแอป

AppstoreGoogle play

แอปอื่น

Todaii German
Todaii English
Todaii Chinese
Todaii Korean
DMCA.com Protection Status

ลิขสิทธิ์เป็นของบริษัท eUp Technology JSC

Copyright@2026

พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

名鉄モ800形電車 (2代)

電圧形PWMインバータであり、美濃町線・田神線の架線電圧600ボルトおよび各務原線の架線電圧1,500ボルトの双方に対応する複電圧仕様や、空転対策の低加速スイッチ、勾配での起動用の勾配起動スイッチを持つなどの特徴がある。複電圧仕様については、電圧

คำที่เกี่ยวข้อง

名鉄モ600形電車 (2代)

モ604・モ605が2000年(平成12年)9月4日付で、モ601が同年10月24日付で、モ602・モ603が同年12月22日付でそれぞれ除籍され、モ601・モ603・モ605の3両は解体処分を免れて各地にて静態保存された。また、モ604・モ605の電圧転換装置など一部の主要機器は、モ

名鉄モ770形電車 (2代)

走行性能は市内線内での低速運転と揖斐線内の高速運転を両立させた設計とされており、忠節 - 黒野間の揖斐線内における急行運転では弱め界磁を駆使し最高速度70km/hで走行した。 車体塗装については当初はスカーレット一色で登場したが、後に1997年(平成9年)に登場したモ780形に

名鉄モ90形電車 (2代)

籍していた路面電車車両である。戦後の車両不足に際して、名古屋市電から譲り受けた中古車両であり、その前身は京都市電狭軌1形(N電)である。 本形式は元来京都市電で使用されていた車両であることから、同線沿線に所在する本願寺に由来して、乗務員から「本願寺」の愛称で呼ばれていた。

名鉄モ540形電車

譲り受けたものである。 名鉄では同社の軌道線で、最初の連結運転を行なった車両となった。 三重合同電気(三重交通の前身)の木造四軸ボギー車32・33・35である。32・33は1922年(大正11年)に、35は1924年(大正13年)に梅鉢鉄工所で製造された。戦後に三重交通501形に改称し、神都線で運用される。

名鉄モ590形電車

)以降美濃町線で運用され、他の4両も1971年(昭和46年)までに美濃町線へ転属した。同時に全車を対象に歯車比を4.5から3.05に変更し、専用軌道線における高速運転に対応させている。また、正面行先表示幕は登場後程なく使用停止となり、以降は行先表示板によって行先表示を行っていた。その後、モ880形

名鉄モ580形電車

名鉄モ580形電車(めいてつモ580がたでんしゃ)は、名古屋鉄道(名鉄)が同社の軌道路線において運用する目的で、1955年(昭和30年)から翌1956年(昭和31年)にかけて導入した路面電車車両である。 モ580形(以下「本形式」)はモ581 - モ584の計4両が製造され、岐阜市内線・美濃町線で

名鉄モ880形電車

運転対応改造も施工された。 メンテナンスフリーとするため、補助電源装置は静止型インバーターを採用した。 2005年(平成17年)に美濃町線・田神線が廃止されたことで運用を離脱し、福井鉄道へ譲渡された。ただし元々鉄道線との乗り入れを行っていたモ770形に比べ、当形式は歯車

名鉄モ570形電車

数の事業者で新製されたが、本形式もまた都電6000形のデッドコピーというべき車両である。丸みを帯びた深めの屋根や窓下の補強帯、窓配置1D10D1の前後扉構造であること等、都電6000形の1950年(昭和25年)までに新製された車両とほぼ瓜二つの外観を持つ。ただし、正面3枚窓のうち中央の運転台窓が若干

名鉄モ45形電車

。明治期の車両らしく側面腰板は二段羽目で乗降扉は無く、腰部が絞られた車体は岡崎市内線の戦後車両で最も小さかった。 戦後、正面窓下にあった前照灯を屋根上に移設し、1955年(昭和30年)年には集電装置がトロリーポールからビューゲルに交換された。このほか、段落屋根型のダブルルーフ形態だったものが端部で

名鉄モ50形電車

岡崎市内線廃止後、モ50形は他線区に転属することなく廃車となった。モ50形を含む単車18両のうち4両は1両四、五千円で個人に払い下げられ、14両は保育園や高等学校に無償譲渡された(譲渡先は#車歴表参照)。 廃止後、まず碧海郡桜井町(現・安城市)の城山保育園から車両譲

名鉄モ780形電車

(781 - 784) が営業運転を開始した。投入線区は岐阜市内線および揖斐線。この改正で岐阜市内線と揖斐線美濃北方・黒野間の直通列車は1時間あたり2本から4本に倍増され、最大8分のスピードアップも実現した。また揖斐線用ク2320形4両と市内線用モ550形3両が置き換えられ廃車された。

名鉄モ3750形電車

したものである。同時に制御装置も換装され、三菱電機製AL-154電磁単位スイッチ式自動加速制御器と東洋電機製造製ES-305界磁制御器の組み合わせにより、力行17段(直列9段・並列6段・弱め界磁2段)の多段制御を行う方式に変更された。実用試験車への改造後は、主にモ3751・モ3752の2両にク208

広島電鉄800形電車 (2代)

波車庫に配属され、6号線・8号線で運用されている。しかし、他の車両の整備時や運用に大幅な乱れが生じた際には融通する場合がある。江波車庫配属の車両は定期整備明けには1週間程度、足慣らしとして千田車庫管轄内の1・3・5・7号線で運用される。また、以前では江波車

名鉄モ770形電車 (初代)

名鉄モ770形電車(めいてつモ770がたでんしゃ)は、名古屋鉄道(名鉄)が1944年(昭和19年)に導入した電車(制御電動車)である。 モ770形(以下「本形式」)は、現在の名鉄竹鼻線を敷設・運営した竹鼻鉄道が発注した車両であったが、落成時には竹鼻鉄道が名鉄へ吸収合併されていたため名鉄

名鉄モ90形電車 (初代)

装置は手ブレーキ、集電装置はトロリーポールであった。 戦後、戦災で車両不足に陥った岡崎市内線に名古屋市電から元・京都N電車両が譲渡され、これがモ90形(2代)となると、本形式はモ140形(140 - 142)に改番した。モ140とモ141はその後永久連結化されている。

名鉄モ3350形電車 (初代)

本系列のうち、制御車ク2050形は制御電動車モ3350形(初代)・モ3650形に先立って1940年(昭和15年)12月に落成した。この時点では編成相手となる間接自動加速制御(AL制御)仕様の電動車が、固定編成を組成した3400系を除いて東部線に存在しなかったことから、ク2050形は暫定的に間接非自動制御

京急800形電車 (2代)

ら1991年(平成3年)にかけて施工された。連結器胴受けを復心装置入りに変更、山側のジャンパ栓3本と海側の108芯ジャンパ栓を撤去、連結器本体をNCB-II密着自動連結器からCSD-90に交換した。3両編成では1000形などと同様自動連解装置を設置したが、6両編成では省略され、108芯ジャンパ栓も残

広島電鉄800形電車 (初代)

ため、その不足を補うために803号のみは前中扉、以前の後扉部は締切窓になり、ワンマンカーに改造され801に改番された。 正面には黄色菱形の警戒塗装がされ、また塗り分け色のテストにも使われたが、不具合が多く長期休車になり、1983年9月に廃車された。 廃車後も、長い間荒手車庫で倉庫代わりに使われていたが、2003年10月に解体された。

名岐鉄道デボ800形電車

モ800形レポート (1)」 (1973) p.32 ^ a b c d e 『名鉄電車 昭和ノスタルジー』 p.39 ^ 「知られざる名鉄電車史2 2つの流線型車両 3400形と850形」 (2007) p.112 ^ a b c d e 「知られざる名鉄電車史2 2つの流線型車両 3400形と850形」